第85回 イヌの悪性乳腺腫瘍と環境汚染物質について
イヌの悪性乳腺腫瘍と環境汚染物質について
Diagn Pathol.2010
Malignant mammary tumor in female dogs: environmental contaminants
乳腺腫瘍の原因として環境汚染物質が関与していると言われている。
この研究は、イヌに発生した悪性乳腺腫瘍について、腫瘍組織に接する脂肪組織中に含まれるピレスロイド系殺虫剤、及びこれと腫瘍の悪性度との関連について調査したものである。
(ピレスロイド系化合物が生体内で分解される際に生じる代謝産物がエストロゲン作用を示すことが知られています)
・方法
イヌ(メス)から外科手術により摘出された乳腺腫瘍、9例
(いずれも病理検査により悪性と診断された)
乳腺組織に接する脂肪組織5gを高速液体クロマトグラフィーにより分析
腫瘍組織は免疫染色によりエストロゲンレセプターの発現について調べた
・結果
9例中3例(33.3%)でピレスロイド化合物が検出された
各症例の検出量と化合物の種類を以下に示す。
?@0.55mg/gデルタメトリン、0.32mg/gシハロメトリン
?A0.02mg/gデルタメトリン、0.05mg/gアレスリン
?B0.03mg/gシペルメトリン
これら3例はいずれも組織学的悪性度IIIであり、免疫染色によりエストロゲンレセプター(+++)であった。ピレスロイド化合物が検出されなかった6例のうち、悪性度 I が2例、III が4例であった。
・考察
ウイルスや化学物質による発癌とは異なり、ホルモンが関与する腫瘍発生には細胞増殖に特定の引き金物質は必要とされないと言われている。この機序では、ホルモンは正常細胞から腫瘍細胞への遺伝的変異を起こすとともに、細胞増殖をも引き起こす。しかし、腫瘍発生に対するホルモンの役割は、すでに他の発癌因子によって変化させられた(イニシエーションを受けた)細胞に対し、その増殖のみに関与しているという報告もある。ホルモン依存性の腫瘍形成に関わる特定の遺伝子はまだ明らかにされていない。しかし、発癌物質や、腫瘍抑制遺伝子、DNA修復遺伝子は、ホルモン性(特に性ホルモン誘導性)の腫瘍発生に関わっていると考えられている。
この研究では悪性度の高い腫瘍ほど多くのピレスロイド化合物を含んでいることが示された。エストロゲンレセプター陽性であることは、ヒトでは予後が良いとの結果が示されている。しかし、この研究の結果からは、腫瘍周囲の脂肪組織中のピレスロイド化合物が局所のエストロゲン作用を引き起こしていることが示唆され、これにより腫瘍細胞がより活発に増殖していることが考えられる。
げっ歯類での研究では環境汚染物質が腫瘍増殖に関わっていることが明らかになっている。
症例数は少ないが、この研究では33.3%(9例中3例)の乳腺腫瘍で脂肪組織にピレスロイド系殺虫剤が検出された。今後はより症例数を集め、また対照群も用いて検討する必要がある。
パソラボ
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