第201回 イヌの大腸線癌における診断上の真実と知っておくべきこと その2
第201回 イヌの大腸線癌における診断上の真実と知っておくべきこと その2
【浸潤性を示す部位がごく一部であることも】
完全切除された腫瘍から多数の組織標本を作製し、そのうちの1枚の標本のみにおいてのみ浸潤の所見が確認されたという事もあります。ですので完全切除した組織の一部のみを検査に回す等といったことは、リスクが高すぎるため行ってはいけません。上記のような症例ではバイオプシー標本においては間違いなく良性の大腸腺腫で診断が下されることになります。そして臨床的な悪性挙動を呈する大腸腺癌は少数派ではあるものの、その少数派の中ではこのような現象は珍しいことではないという事を知っておく必要があります。
【浸潤性のみが唯一悪性所見のことも】
本格的な悪性の臨床挙動を呈する浸潤性の大腸腺癌の症例において、浸潤性の所見以外に悪性所見が観られない症例も少なくありません。つまり異型性が軽度、核分裂像も少数、単層に配列し、核の極性の乱れや細胞の配列も認められないといった具合です。
【ではバイオプシーで得られる情報は何なのか?】
以上の理由から、バイオプシー標本において浸潤性の所見が認められるような稀な場合を除いては、腺腫と診断されても腺癌と診断されても、「臨床挙動が不明な粘膜上皮に由来する腫瘍である」という解釈に留めることが良いと考えます。もっと申し上げてしまえば、臨床的悪性挙動を示さない確率の方が高いですが、あくまでも確率的なお話になります。バイオプシーでは粘膜上皮に由来する腫瘍であるという情報を得る事が主な目的であると考えて頂くことが賢明です。
【他に浸潤性を評価できる手段はないのか?】
腸壁は粘膜下組織が非常に疎な結合組織からなっており、そのため正常では粘膜と筋層は可動性を有しています。触診で届く範囲の腫瘍であれば、粘膜に存在する腫瘍を指で動かしてみて、筋層との可動性があるか否かで浸潤性の有無を評価できます(初期の浸潤を除く)。腫瘍細胞が筋層まで浸潤している場合には可動性が失われることになります。
【二重造影は使える】
大腸粘膜の腫瘍が触診で届く範囲に存在するとは限りません。そういった症例では二重造影によりレントゲン撮影を行うのが実践的です。腫瘍と筋層の間に可動性のある粘膜腫瘍では、大腸を空気で大きく膨らませることにより大腸は綺麗に膨らみますが、浸潤性腫瘍により粘膜内の腫瘍と筋層が固着し、粘膜と筋層の可能性が失われている場合には、空気を入れれば入れるほど腫瘍部位での引きつれが大きくなります。これらの手法の方が私個人としては、よほど臨床挙動に相関する情報であると考えます。
【報告書の記載】
弊社の報告書では「腺癌と診断しますが多くは良性の挙動を示します」、「浸潤性を示す悪性腫瘍であり、再発転移に関する厳重な経過観察が必要です」、「良悪の判断で最も重要な浸潤性を評価できる部位が限られているため良悪の評価には限界があります」等と記載させていただくことが多いですが、記載されている内容をさらっと読み流さずに、診断リスクや過剰な治療を回避して頂ければと思います。
パソラボ
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