第207回 イヌの皮膚扁平上皮癌
第207回 イヌの皮膚扁平上皮癌
扁平上皮癌という腫瘍は獣医師であれば誰でも聞いたことがある腫瘍です。しかしながらイヌの扁平上皮癌に遭遇する機会はそうは多くないと思います。意外に感じるかもしれませんが、イヌで扁平上皮癌と言えば私の中では口腔よりも皮膚に発生する印象があります。イヌの皮膚に発生する扁平上皮癌は、多くの先生方のイメージとは違うと思いますので、本に書かれていない事も含めて今回はそれについて記載しようと思います。
【イヌの皮膚扁平上皮癌の発生母地】
皮膚に発生する扁平上皮癌といえば誰もが表皮に由来するとお考えになるのではないでしょうか。具体的な割合は調べていませんが、表皮に発生するよりも、おそらくは毛包漏斗部に発生する扁平上皮癌の方が割合的に多いと思います。弊社では全身含めて3000例ほどイヌの扁平上皮癌を診断していますが、その中で毛包漏斗部由来が少なくとも700例はあります。簡単に検索しただけであり、また開業初期のデータは含まれていませんので、実際には1000例近いかもしれません。
毛包漏斗部とは毛穴の部分の凹みの事であり、そこも重層扁平上皮から構成されています。従いまして表皮にも毛包漏斗部にも扁平上皮癌は発生します。
【肉眼形状】
扁平上皮癌と言えば口腔内のイメージがあり、ビロード状などと表現されます。またネコでイメージしても口腔内のただれているものや耳介に発生するじくじくとした崩れた見た目のイメージでしょうか。これらの扁平上皮癌は通常は組織最表面の重層扁平上皮に由来していますが、毛包漏斗部の扁平上皮癌は皮膚最表面ではなく毛穴の陥凹した部分が発生母地になるため、表皮を横方向に広がるというよりは、結節性の腫瘤を形成する傾向があります。
【良性から悪性への転換も】
毛包漏斗部の良性腫瘍は皮内角化上皮腫と呼ばれます。これは一般的には皮膚の結節性腫瘍であり、きれいな球形に近い形状を呈します。毛穴上皮由来であるるため腫瘍表面に一つの大型化した毛孔が開いており、そこから角化物が出ているのもよく観られる所見です。皮内角化上皮腫から扁平上皮癌が発生するという事も時に起こることです。つまり組織学的に観ますと、一部が皮内角化上皮腫、一部が扁平上皮癌からなり、一つの腫瘤を形成しています。
【周囲に皮膚炎】
毛包漏斗部の扁平上皮癌の症例では周囲の皮膚を観察しますと、皮膚炎が生じていることが多いです。特に毛包漏斗部の過形成を伴うタイプの皮膚炎になります。一般的に認識されていることではないかもしれませんが、このような所見と扁平上皮癌を同一標本上で観察することが多いため、個人的には皮膚炎に起因する毛包漏斗部の過形成病変が扁平上皮癌の発生母地になることが多いのではないかと感じています。
【多発する傾向】
毛包漏斗部の扁平上皮癌はいくつかの腫瘍を形成することが少なくありません。上記の通り過形成を伴う皮膚炎に起因しているとすれば、それが理由であるのかもしれません。良性の角化棘細胞腫も多発することが多いですが、毛包系腫瘍全般に多発傾向の印象を受けますので、これに関しては皮膚炎とは無関係であるのかもしれません。
パソラボ
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